30年越し
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サン・テグジュペリの『星の王子さま』を、読んだ。
冗談のようだけれど、読み終えるまでに、かれこれ30年と言う歳月を要している。

この本との最初の出逢いは、私がまだ、小学校の高学年だった頃。
学校の図書館で、見つけた。
表紙には、手書き風の可愛らしいイラスト。
でも恐らくは、タイトルの”王子さま”と言う文字に、惹きつけられたのではなかったか。
期待に胸を膨らませて、最初のページをめくった。

「王子さまと、お姫さまは、それから末永く、幸せに暮らしました。めでたし、めでたし。」

そんな件が当たり前に展開されることを信じていた少女には、
物語はのっけから、ちんぷんかんぷん。
すぐさま本のページは閉じられて、本棚へと舞い戻ることとなった。

次にこの本に出逢ったのは、たしか、高校3年生の時。
後に私の進路に、多大な影響を与えることとなる、
英語の恩師であったN教諭の座右の銘が、
「かんじんなことは、目には見えない」だった。
そして、そのフレーズが『星の王子さま』の物語の一節であることを知った私は、
再度、それを手に取ることになったのだけれど・・・
-つまらない
それでも、10ページくらいは読んだのだろうか。
日本語を読んでいるはずなのに、意味が頭にまるで入ってこないのだ。
肝心要のフレーズにさえ出会えぬまま、本は閉じられることとなった。


次に出逢ったのは、大学2年生の夏。
奇しくもフランス文学を専攻していた私は、
夏休みのリーダーの課題に、『星の王子さま』を選んだのだった。
翻訳された本に関してよく言われているように、
ひょっとして原書であれば、筆者の伝えたいことが、言語の壁によって
捻じ曲げられることなく、読みこなせるのでは?と言う、とんでもない甘い考えで。
結果は、言わずもがな。
直ぐに題材の変更を余儀なくされたのだった。

こうして私は、3度、『星の王子さま』を見捨てた、否、『星の王子さま』にフラれたのだ。


「みゆぽん、『星の王子さま』って、読んだことある?」

まさかの4度目の出逢いを運んで来たのは、同じ”ほしの・・”でも、
王子様ではなく、りょこたんだった(彼女の苗字はホシノだ)。

私は、これまでにも何度か本には触れているものの、
一度たりとも読み終えた例がないことを、彼女に、正直に話した。
すると、意外なことに、彼女も全く同じなのだと言う。

「でもね、今読むと、書いてあることの意味が、ほんとに、よく分かるんだよ!」


”4度目の正直”・・なんて言葉が在って良いかどうか分からないけれど、
彼女が貸してくれたその本を、静かな覚悟と共に、そうっと開いてゆく。
1ページ、また1ページ・・・。
以前、言葉であって、言葉ではなかった何かが、
今度はしっかりと象形を結んで、鮮やかに、そしてふるふると響きながら、
心の奥の奥へと、深々と落ちてゆく。

「かんじんなことは、目に見えないんだよ」

その恋焦がれていた一文には、物語の半ばを過ぎたところで、ようやく出逢えた。
波打つような感動、と言うよりは、あまりにもさりげなく置かれている文字が、
「待ってたよ」と、ただ微笑んで佇む、待ち合わせに、とても寛大な人のようだった。

最後まで、しみじみと、読んだ。
最後まで、読み終えられたことが、ただただ、嬉しかった。
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by hatsukoizitensha | 2014-02-24 16:06 | 今だから分かること
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