古いモノたちとの時間
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三鷹での撮影の帰り、ランチを食べる前に、
実はもう一軒、訪れていた場所がある。
沙羅舎 心泉茶苑から、もう少しだけ通りを奥に進んだ右側にある、Cafe Magnolia
こちらは、幕末から明治、大正時代の古伊万里、骨董食器等が、
店内に所狭しと並べられた、軽食も頂ける骨董カフェだ。

表に出ていた看板の”骨董”と言う、その重みには釣り合わぬ可愛らしい文字と、
”店内、ご覧になるだけでも構いません”の腰の低さに、何となく安心、心惹かれ、
階下へと続く、薄暗い階段を降り、小さなドアをそろそろと押し開ける。
するとそこに広がっていたのは、煌びやかで優雅な、伊万里焼一色の世界だった。

この時私は、咄嗟に、「わ~素敵な場所~!ラッキー!」ではなく、
正直、「あ~、失敗しちゃった~」と思っていた。
敢えて訊きはしなかったが、店主の方にも、そんな私の困惑した表情は、
多分、伝わっていたのではないだろうか。
(ちなみに私も、逆の立場を、ごくたまにだけれど、味わう。)

焼物、器、陶磁器に関しては、
お店で商品の撮影や説明書きの仕事をするようになってから、
これでも、多少の、勉強は、した。
焼物制作の経験なんて、当然、ない。
素人の付け焼刃、最初はどうなるものかと思ったけれど、
何事も、勉強したら、しただけのことはどうやらあるようで、
器に関する自分の好みが、少しずつはっきりして来たことは、何より大きな収穫だった。
私は、どちらかと言うと、質感はマットでさらさら、無地や粉引の器、
敢えて地名を挙げるとしたら、萩のような素朴な雰囲気が好きで、
伊万里や清水、九谷などと言った、朱や、金、藍色をふんだんに使った、
豪華絢爛・花鳥風月タイプの器には、あまり興味をそそられなかった。
まあ、そう言う器に見合った料理を、普段、作っていないからと言ってしまえば
それまでなのだろうけれど。

只今、店内には、店主さんと私、二人きり。
「失敗しちゃったー」な表情を、何とか”平常運転”の顔へと繕っては戻し、
とは言え、店内を最低一周はしようじゃないか!と、気持ちを切り替えて、
一歩、また一歩と、踏み出してみる。すると、カウンター越しに店主の方が、
「それは、外国からの”里帰り”伊万里なんですよ!華やかでしょう?」などと、
タイミング良く講釈をして下さる。
へ~そうなんですか~と相槌を打つと、次は、
「その右側のは、江戸時代末期の作品です。まだ絵付けをフリーハンドで
していたので、同じようで居て、ひとつひとつ模様が微妙に違うでしょう?」と、
私の知的欲求を、巧みに誘導。見れば、ほんとだ。生垣の線が、一本多い。
そんなやり取りが、だんだんと心地よくなって来てしまうのは、
普段からモノづくりの現場に身を置くものの、性なのだろうか?

そんなこんなで、どれぐらい、時間が経ったのか・・
ふと、それまでは、どれも同じにしか見えていなかった伊万里の中に、
「あれ?これ、なんか他のと違う。私、好きかも知れない」と、
まるで波長が呼び合うような感覚を覚える作品がいくつか出て来た。
丁度、早春の、淡い空の水色が、雲にじんわりと滲み、
それを、薄く、薄く、たなびかせたような、そんな、青。

「それは、”人工ベロ藍”が使われる以前の、
”天然コバルト顔料”を使っていた頃の器ですよ」
私が、熱心に手にとって眺めているお皿を指差して、
店主さんが教えてくれた。

”ベロ藍”は、1700年代後半から浮世絵にも使われていた顔料。
明治中期以降は、この安価な顔料のお陰で、
絵付け陶器の「大量生産」が可能になるのだけれど、
それ以前は、中国から”呉須”と言う、高価な”天然コバルト顔料”を
輸入して、絵付けを行っていたのだそうだ。

その後も、「あ、これ、素敵!」と私が反応を示す器は、
どう言うわけか、この”天然コバルト顔料”を使っているものばかりだった。
店主の方も、”合点承知”とばかりに、同時代のそれらの食器を
棚の奥から出して来ては、テーブルにひとつ、ふたつ、と並べてくれる。
まるで俯瞰(ふかん)美術館のよう。実に、楽しい。

後になってから、この”天然コバルト顔料”を使っている器を見て、「いいな」と思った時の気持ちは、
普段、お店で、天然の草木染のストールやニットを「いいな」と思った時の気持ちと、
よく似ていることに気がついた。
淡く儚くありながら、私はこの世界に、たった1つ、1度しかない色なのだと、
凛と誇らしげに在り続ける姿。
そう言うものたちを、私は理屈ではなく、どうやら本能で好きなのだなあと、
今回、沢山の伊万里作品を、同時に観較べることで、器たちから教えられた。


それにしても、”人工ベロ藍”のお陰で、「大量生産」が可能になった、と言う
店主の方が仰った表現を耳にした時は、なんだか無性に可笑しくなってしまった。
21世紀を生きる私たちにとっての「大量生産」に比べたら、
当時のそれなど、まだまだ、手仕事ならではの苦労も多々あったことだろうに。
”ベロ藍”が主流となった、明治中期以降の器絵付け師の方たちも、
「この頃は、同じような色味の皿ばかり大量に並んで、面白みも、へったくれもなくなったよ。
昔の人は、器をもっと大切に、味わい深く愛でたものなのになあ・・」などと、
嘆息をこぼし合ったりしていたのだろうか?

いつの世も、古きは愛しきかな、だ。
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by hatsukoizitensha | 2014-01-15 19:48 | Contax Aria
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