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蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)
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二十四節気
寒露(かんろ)

七十二候
蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)



あー寒い!と、思いました。
二十四節気を調べたら、先週末から「寒露」。納得でした。

ところで、七十二候の
蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)。
きりぎりすが、戸口で鳴く頃、と言う意味ですが、
それを見た私が真っ先に思い浮かべたのが、
イソップ童話の『アリとキリギリス』のお話。

そう、夏の間、目の前でせっせと働くアリを尻目に、
働きもせず、バイオリンを弾き、歌を歌い、遊び呆け、
やがて冬がやって来るのですが、当然食べ物の蓄えがないために、
命からがらアリに助けを求めるのだけれど、
「夏の間は歌っていたんだから、冬は踊ったら?」と冷たく突き放され、
最後は死んでしまう・・と言うお話。

因果応報。身から出た錆。

-だから、皆さん!キリギリスのようにならないように、
普段からアリさんのように、せっせと努力しましょうね!

と言う、ありがた~い格言がもれなくついてきます。

子供の頃は、(と言うか、数年前までかも)
「アリさんって偉いな~!私もキリギリスさんのように
ならないように、頑張ろう!」と思ってました。

でも、この頃は、この物語の解釈が全く変わりました。

キリギリスって、本当に可哀想だったのかな?
ひょっとしたら、好きなことを自分に正直にやり切った死に際、
お腹は空いていたかも知れないけれど、案外満足していたんじゃないのかな?

アリは、本当に幸せな一生だったのかな?
もし、アリが働くことが本当に大好きで、労働を一番に愛していて、
それをしている自分に心の底から満足していたのなら、
お腹を空かせたキリギリスが食べ物を求めた時、
喜んで分け与えていたんじゃないのかな?

この物語、なんと別バージョンもあるらしく、
それは、アリがキリギリスに
「私は夏、あなたに馬鹿にされたアリですが、あなたに食べ物をあげますよ!」
と言って、食べ物の施しをし、
その優しさに感激したキリギリスは改心し、働き者に大変身すると言う”深イイ”話。

タシカニ、イイハナシナンダケド・・・。
スコシ、ザンネンニオモッテシマウノハ、ナゼダロウ。

ここ2,3日、家に入る前、なぜか普段よりも扉の前を、じっと見てしまう。
そこに、お腹を空かせたキリギリスが立っているんじゃないかと思って。

そしてもし、出会えた時、
私のキリギリスにかける言葉は、もう決まっている。
by hatsukoizitensha | 2013-10-21 08:50 | 朝のぼんやり
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